◆野鳥の宝庫
去る10月末に希望退職して帰阪した。当分再就職する予定もなく時間があるので、当然の様にカメラを持って山歩きを始めた。実は偶然バスの窓越しに見慣れない鷹らしき鳥が飛んでいるのを目撃したのがきっかけで、その時から撮影場所は概ね決まっていた。そして驚いた事に、自宅から徒歩圏の大阪近郊は想像以上に野鳥の宝庫だという事が分かった。ここに紹介する2枚は、山歩きを始めて間もない短時日の内に同じエリアで撮影した2種類の猛禽類だ。職業として十数年全国の自然界を巡っても出会った事がないのに、こんな身近な所で数日の内に立て続けに撮影出来た事に正直驚いている。
◆オオタカ
1枚目のオオタカは準絶滅危惧種で、個体数は2000羽とされている。詳しい生息地を公表すると口コミで知れ渡ってしまい密漁の危険に晒されるので、残念ながら言えない。数が減れば減るほど希少性が増し、更に密漁を誘発し絶滅を加速させる。そもそも食物連鎖の頂点に立つ肉食獣は数が少ないという事により、ハイリスクな生態系バランスが保たれている。元々オオタカは都市近郊にも生息し近年は都市部にも進出しているらしいが、生息地の変化は生態系の変化を示唆している。森林の減少と決して無関係ではあるまい。ちなみにこの個体は幼鳥だが、成鳥の飛翔も確認している。野生生物の撮影には、忍耐力と集中力、それに注意力が要求される。何時間も待ち続けてシャッターチャンスが1分しかないという世界だ。丸一日空振りに終わる事もある。昨日居たから今日も居るとも限らない。この時も撮影ポイントを探して歩き回り、存在を確認するまでは生息しているかどうかさえ半信半疑で、ようやく忽然と姿を現した時は集中力が切れそうになっていて、あわててカメラを構えた。しかし明らかにトビとは違う存在感に興奮した。オオタカの習性はトビとは異なり、一日のうち上空を飛翔する時間が極端に短い。しかも警戒心が強く音に敏感で、一ヶ所に留まらず、あっと言う間に飛び去ってしまう。大抵一日待ってワンチャンスだ。
◆ノスリ
2枚目のノスリは、最初から狙っていた訳ではない。まさかオオタカ以外の鷹がいるとは思ってなかったのだ。しかしファーストコンタクトの撮影後に分かったのだが、最初にバスから目撃したのが実はノスリだった。オオタカを撮影しながらも、最初に目撃したのとは違うと感じてはいた。しかし、オオタカだけでも充分珍しいのに、そう滅多に他の猛禽類が飛び回っている筈がないし、仮にそうだとしても再び姿を見せる可能性は低いと思っていたのだ。ノスリの飛翔はオオタカに似て旋回もするが、直線的に飛ぶ事も多いからシャッターチャンスは一瞬だ。しかも運良く止まり木を見つけない限り、一度姿を見せるとその日はもう二度と来ない有り様だ。但し飛行コースにパターンがあるらしく同じコースを飛んでくれるから、ノスリだけを狙うのなら案外待ち伏せしやすい筈だ。そして一度見たら撮影ポイントを移動する方が再度発見出来る確率が高い様だ。実際この日も1km前後の範囲3ヶ所で撮影に成功しており、おそらく同じ個体と思われる。
◆その他の野鳥
言うまでもなく、これらの鷹が居るという事は、その餌となる野鳥などが多い事を裏付けている。場所は若干異なるものの、この数日だけで、ホオジロ、ミヤマホオジロ、カシラダカ、キセキレイ、セグロセキレイ、カワラヒワ、エナガ、シジュウカラ、ヤマガラ、ジョウビタキ、シメ、カケス、ヒヨドリ、ツグミ、モズ、アオサギ、そしてトビの撮影に成功している。トビは主に死肉を漁るスカベンジャーで、他の猛禽類とは大きく習性が異なる。飛翔はスピード感がなく、どことなく慢然とした感じでゆっくり旋回し、個体数も多いので発見しやすく難なく撮影出来る。だがオオタカやノスリはハンターであり、主に生きた野鳥や小動物を捕食する。彼らが姿を見せると、他の野鳥は息を殺しカラスが異常に騒ぎ出す。その威圧感は圧倒的だ。ちなみに鷹は意外にカラスを苦手にしている。カラスは体の大きさがオオタカやノスリと同等で、猛禽類を見つけると集団で追い掛け回す。1対1ならオオタカがカラスを捕食する例もある様だが、単独行動の鷹に対しカラスが集団になると攻守が逆転し、多勢に無勢で鷹も無理をせず逃げてしまう。攻撃は最大の防御と言われるが、カラスの精一杯の防御策に、さすがの鷹もタジタジといったところか。トビに至ってはカラスより一回りも大型なのに、大抵一方的に苛められている。
◆肉食・草食・雑食
では自然界において、肉食獣と草食獣とではどちらがよりハイリスクなのか。肉食獣は頂点に近いほど捕食される危険は少ないが、捕食出来なければ飢え死にする。鴨などの草食獣は飢え死にのリスクは肉食獣ほどではないが、捕食される危険性は高い。肉食獣の最期は餓死、草食獣の最期は捕食の餌食という可能性が高い。結局一番リスクが少ないのはカラスやスズメの様な雑食獣なのかも知れない。雑食獣は生息地に制約が少ないため狙い打ちされにくいし、嘴がとがっているなど捕食者としての特徴が武器になりうるなどの理由で、捕食される危険は草食獣ほど無条件ではなく、何でも食べるため餓死の危険は最も少ない筈だ。事実、絶滅危惧種には特定の地域で特定の物しか食べず極端に偏食して環境の変化に対応出来ていない動物が多い。勿論、人為的な環境破壊や捕獲が主要因である事に疑いの余地はないのだが。
◆モラル
オオタカの撮影ポイントの難点は、地勢的に逆光になりやすい事だ。畑に侵入すればもっと条件の良い場所があるかも知れないが、相手が動物であれ人間であれ、マナー違反はプロ・アマを問わずカメラマンの恥と知るべきだ。また、そんな撮影で感動的な写真は撮れないと思う。公園などでバードウォッチングをしている一般人の中には、煙草を吸いながら歩いたり、必死にカメラを構えている人にしつこく話しかけたりする人がいる。せっかくのシャッターチャンスを台無しにされた事もある。物見遊山でうろつかれては人も動物も迷惑する。そもそも動物園と違って野性の動物は、縄張意識の強い一部の種を除いて、そんな手合いには易々と姿を見せない。それに同じ種の野鳥でも山間部に生息する個体は市街地のものより人間に対する警戒心が強い。まずこちらが気付く前に野鳥の方がこちらに気付き、警戒して隠れているか逃げてしまう場合がほとんどだ。つまり我々の方が気付かずに彼らのテリトリーに踏み込んでいるのだ。そういう自然界に溶け込み何時間もじっと辛抱していると、徐々に警戒心を解き、中には好奇心を示して寄って来る鳥もいる。その時初めて良い写真が撮れるものだ。そんな自然との対話無しに土足で彼らの座敷に上がり込み、手っ取り早く一方的にさあ姿を見せろ写真を撮らせろという態度は、かえっていたずらに警戒心を煽るばかりか、人間の価値観を自然界に押し付ける行為であり、カメラマンとしての資質が問われると言っても過言ではない。
◆撮影
ところで僕は、動きの速いものを狙う時も連写する事はなく、専ら単写で撮影する。D40が秒間2.5コマしか連写出来ないからではなく、本当にシャッターチャンスを意識した瞬間を切り取る事しか考えられないからだ。たとえ秒間10コマのカメラで仮に連写するとしても、最初の1コマ以外にはあまり興味もないし信頼もしない。今回の使用レンズは去年ミサゴを撮影した時と同じ「NIKON
ED AF NIKKOR 70-300mm1:4-5.6D」+「NIKON Teleconverter TC-201 2×」だ。早い話が望遠系ズームレンズに焦点距離を2倍にするテレコンバータを装着した訳だ。オオタカの撮影日は晴天に恵まれ無理に感度を上げなくても速めのシャッター速度が確保出来たので、画質の悪い超高感度を避けてISOを800に設定した。逆光が強く背景が明るい時など隣接するピクセルの明暗差が著しい時は、デジイチに従来型レンズを装着した時に特有の色収差が発生しやすいが、幸いオオタカの羽が光を透過しており、結果的に収差を潰してくれた様だ。2作品ともトリミングをして拡大したが、ノスリの方が画質の荒さが目立つのは、曇りがちの日だったためにISOを1600に設定したからだ。背景の雑木林が絵的に煩いので、実はPhotoShopで背景だけ掴んで明暗を加工した。全体的なコントラストや明暗の調整はやむを得ないと思っているが、撮影後の補正は出来ればやりたくない。ましてやこの手の加工は邪道だと思っているので滅多にやらない。シャッター速度が1250分の1秒なので動きは止まっているが、僅かに後ピン気味に見えるのが残念だ。この程度のシャッター速度でも飛行機やヘリコプターを撮ると、プロペラやローターがほぼ止まって写る。例えばオオタカのトップスピードは時速80kmと言われるから、秒速22メートル、1250分の1秒なら1.8センチしか進まない計算だ。オオタカの写真は500分の1秒だが、螺旋状に旋回中でそれ程スピードは出ていないから、特に流し撮りを意識した訳ではない。但しこの焦点距離では手ブレ限界を超えていてちょっときつい。絞りを開放しているのでピントもやや甘い。写真の適正露出は「シャッター速度」「絞り(F値)」「ISO感度」の三要素の組み合わせで決まるが、撮影条件の悪さがカメラの基本性能の限界を超えるとカバーしきれない。例えば画質確保のためにもっとISO感度を下げたいとすると、上記の様に暗いレンズを装着している限り、シャッター速度を遅くせざるを得ない。シャッター速度を速くして、なおかつ画質を落とさないためには、開放F値の明るいレンズを装着するか、高感度でも画質の良いカメラにするしかない。より良い写真を撮るためには、より性能の良いカメラ本体とレンズの組み合わせの方が有利であり、撮影条件が悪くなればなるほど性能上の不利を痛感する。ニコンやキヤノンの最新フラッグシップ機は従来のフィルムでは考えられなかった高感度を実用レベルで実現している。D40のISO1600でも天体写真レベルの超高感度ではあるが、かなりノイズが気になる。D3の場合、ISO6400という驚異的な超高感度でもプロの要求を満たすレベルに達しており、更にISO25600という桁外れの増感を可能にしている。仮にISO6400を今回の撮影に当てはめると、単純計算だが最小絞りで同じシャッター速度の撮影が出来た事になり、被写界深度が深くなっていた筈だ。そしてもう一つD40に対する不満は、ミラーアップ時のブラックアウトが長い事だ。長いと言っても勿論一瞬には違いないのだが、長年の愛用機F4と比べると僅かに長いのが分かる。野鳥は激しく動くので、この僅かなタイムラグが馬鹿にならない。この一瞬で、せっかくファインダーに捉えていた野鳥を見失ってしまい、次の一枚を撮りそこなう事が多いのだ。かなり訓練を積んでも、超望遠で遠方の動く一点を瞬時に捕捉するのは難しい。一度見失うと、もうシャッターチャンスは終わっている。更にもう一つの不満は、連続撮影可能コマ数が少ないという事だ。フィルムカメラには無い概念で、メモリーカードへのデータ記録速度がカメラの性能次第で左右され、連続撮影速度を維持して撮影出来るコマ数に制約があるのだ。D40の場合、画質モードをRAW+BASICに設定していると4コマでしかない。単純比較出来ないがD3の場合、最も重いデータでも16コマだ。この枚数に達すると記録が終わるまでの時間、シャッターが下りない。その時間はD40でせいぜい1.5秒程度なのだが、短時間に連写並の速さで4回もシャッターを切るという事は、余程のシャッターチャンスであり、しかも動きが激しい時なのだ。その時5コマ目のシャッターボタンを押しているのにシャッターが下りないもどかしさを味わうと、どうしても上級機が欲しくなる。但しRAWを諦めて撮影するなら連続100コマが可能ではある。実際、撮影後の大幅な画像処理を前提としなければ、RAWは必要無いとも言える。RAWでシャッターチャンスを逃すリスクと、非RAWで白飛びや黒潰れを起こすリスクと、どちらを避けるのかという選択の問題だ。
◆足元の自然
カラスとスズメの類を除いても上記の野鳥は20種に達しており、その内8種が初対面だ。以前いた大分の別荘地周辺の山海でさえ年間通しても30種だった事を思えば、冬の一時季だけで20種は驚異的な多様性と言える。しかも山歩きをするたびに新たな野鳥と遭遇する。意外に身近な野山が豊富な野生生物に恵まれている事には驚きと喜びを禁じ得ない。と同時に、この身近な所に溢れる自然をどれほど認識していなかったかという事にも驚く。どこか遠い所にある原生林や人跡未踏の未開地ばかりが自然ではなく、足元の裏山みたいな所にも、人造の溜め池にも、逞しい自然が息づいている事を学んだ数日であった。
類似種の識別:オオタカとハイタカ参照
初歩のバードウォッチング:撮影参照
分類:タカ目 タカ科
全長:雄52.0cm 雌57.0cm
翼開長:122.0~137.0cm
分布:北海道~四国で留鳥。その他で冬鳥。
生息環境:平地~亜高山の林。
食性:小型哺乳類など。
ノスリ
Common Buzzard
Buteo buteo
撮影日:2008年12月28日
撮影時間:12時07分18秒
シャッタースピード:1/1250秒
絞り値:F11.2
撮影モード:マニュアル
焦点距離:600mm(換算900mm)
ISO感度:1600
撮影地:大阪府
使用カメラ:NIKON D40
使用レンズ:Nikon ED AF NIKKOR 70-300mm1:4-5.6D
:Nikon Teleconverter TC-201 2×
分類:タカ目 タカ科
全長:雄50.0cm 雌58.5cm
翼開長:105.0~130.0cm
分布:四国の一部、本州、北海道、九州で繁殖。留鳥。
生息環境:森林。都市植林。
食性:鳥類、両生類、小型哺乳類など。
レッドリスト:(NT)
オオタカ(幼鳥)
Northern Goshawk
Accipiter gentilis
撮影日:2008年12月19日
撮影時間:11時48分26秒
シャッタースピード:1/500秒
絞り値:F11.2
撮影モード:マニュアル
焦点距離:600mm(換算900mm)
ISO感度:800
撮影地:大阪府
使用カメラ:NIKON D40
使用レンズ:Nikon ED AF NIKKOR 70-300mm1:4-5.6D
:Nikon Teleconverter TC-201 2×
オオタカ ノスリ
第1回 2008年12月31日