お盆休みを利用して立山へライチョウを見に行って来たが、思ったより苦戦した。事前に仕入れた情報が乏しく、山に登るのさえすんなりとは行かなかったが、四苦八苦しながらも何とか想定以上の撮影をする事が出来た。
初日、マイカーで早朝大阪を出発した僕は昼前には富山に到着していた。富山市内に予約した宿にチェックインするには早過ぎる時間だったから、長距離運転の疲れを癒す間も無く下見を兼ねて行ける所まで行ってみようと思い、その足で立山に向かった。ところがマイカーで行けるのは富山地方鉄道の終点立山駅の所とその先の称名滝まで、それより上へ登るには立山駅からケーブルカーと高原バスを乗り継がねばならない。聞けばケーブルカーに乗れるまでの待ち時間が約1時間という混雑ぶりだった。駅周辺の駐車場も満杯に近いし時刻も中途半端だったのでやむなくその日は諦めて、行先を称名滝に変えた。ここにはイワツバメしか見当たらず、落差350メートルの滝の迫力に当初の目的を忘れて風景写真ばかり撮影した。夕方、富山市内に戻ってリサーチした結果、富山地方鉄道の電鉄富山駅から立山の室堂まで電車・ケーブルカー・高原バスの通し切符を買えば待ち時間がほとんど無い事を知り、翌日は車を宿に置いて明け方の5時過ぎに切符売り場へ足を運んだ。他の乗客は登山客がほとんどで野鳥ファンらしき人の姿は僕の他には見当たらなかった。春に舳倉島へ行った時は釣り客よりもバーダーの数の方が圧倒的に多かったのと対照的だ。のどかな早朝の田園風景の中を列車は走る。前日に車で走った道と並行しながら、やがて渓谷の真っ只中の川沿いに入り、ほどなくして立山駅に到着した。駅に降りると成る程すぐにケーブルカーに乗り継ぎ出来た。僅か7分ほどで標高475メートルの深い谷底から977メートルの美女平へ一気に駆け昇る。そこから更に高原バスに乗り換え、巨木の森を抜けていよいよ森林限界より上の雄大な景色の中、マイカーの規制された立山黒部アルペンルートをぐんぐん登って行く。伊吹山の様にガードレールの向こうは断崖絶壁みたいな道を想像していたが、そういう箇所はほとんど無くて、ラムサール条約湿地に登録されている弥陀ヶ原高原の湿地帯をバスは走る。ここにも野鳥たちが居るだろうなと後ろ髪を引かれる思いで車窓から目を凝らす。途中下車は可能だが、主目的はライチョウなので、一気に標高2450メートルの室堂まで登った。晴れていても気温は15度ほど、気圧は平地の約75%だから下手をすると高山病に罹る高所だ。飛行機に乗って高度1万メートルを飛んだのを別にして人生で最高所に降り立った僕は、眼前に聳え立つ3000メートル級の堂々たる立山連峰の圧倒的な岩肌を見上げ、いつかはあそこに登りたいなと夢見た。
まだ朝早く、情報を仕入れようと思っていた「立山自然保護センター」は開いていなかった。仕方無く曖昧な情報だけを元に広大な高原の遊歩道を当てずっぽうに歩き始めた僕はハイマツ林の見渡せる場所にカメラを据えて目を凝らし続けた。春には雄が縄張りの見張りの為に岩の上に立つので比較的たやすく見られるというライチョウは、この時季はなかなか姿を見せてくれない。猛禽類の飛ぶ晴天の日を避け雷の鳴る様な悪天候の日を選んで出て来る事から「雷鳥」と名付けられたと言われる通り、天気が良過ぎたせいで、どこにも姿が見えない。しかし折角ここまで来たからには手ぶらで帰る訳にはいかない。少しずつ焦りの気持ちが出て来た僕は思い切って場所を変えてみる事にした。そしてミクリガ池展望台に立ち寄り、そこも見切りをつけて移動しようとしたその刹那、誰かが「居た居た!岩の所!」と叫ぶのが聞こえた。展望台の向かいの斜面にチラッと黒っぽい姿が見えた。危うく諦めて立ち去る寸前だった。
後から分かった事だが、そこは出現率の高いポイントだった。ここに掲載するのは翌日も同じ手間を掛けて登った同所で撮影したものだ。朝8時から昼の12時まで4時間の間に少なくとも雌2羽、雄1羽、雛2羽を確認し、「立山自然保護センター」でライチョウ観察記念シールを貰う事が出来た。雌の写真は下山する間際の最後の最後に最も近距離からシャッターを切った1枚だ。このポイントは登山者や一般旅行客の休憩所にもなっているので、撮影をしていると人だかりが出来て「ライチョウが居るんですか」と頻繁に声を掛けられた。この時季のライチョウ、特に雌の夏羽や雛は完璧な保護色で、岩と同じ色で風景に同化して溶け込んでいるから肉眼で発見するのは至難の技だ。場所を教えてあげても一般の人にはなかなか見つけられない。一見すると何も居ない様に見える斜面に「いま見える範囲に3羽居ますよ」と言うと驚く人も居た。キジバトよりやや大きい程度だから、もっと大きいイメージなのが思ったより小さいので余計に見つけにくいのかも知れない。やっと見つかると小躍りして喜ぶ人も居た。どうしても見つけられない女性や子供には僕のカメラのファインダーを覗かせてあげた。夏休みのいい思い出になっただろうか。ポケットカメラなどで撮影を試みる人も多かったが、慣れない人には厳しい撮影条件だっただろう。他にも野鳥ファンの姿はちらほら見受けられたが同様に苦戦している様子だった。登山者の中にも初めて見たという人が居たが、なるほどこれでは近くに居ても気付かないはずだと納得しておられた。岩山の中からライチョウを探し出したり人に教えてあげたりするのは、それはそれで楽しかった。こんなきっかけから少しだけでも野鳥ファンが増えたのなら幸いだ。
立山には日本で唯一の氷河が現存しており、日本アルプスのライチョウは氷河期に分布域を広げた個体群の生き残りの子孫とされる。英語に直訳するとイギリスの有名な人形劇番組のタイトルになってしまうが、そうではなくて正しい英名はRock Ptarmiganと言う(Pは発音しない)。雄の目の上には赤い肉冠(皮膚の裸出部)が有るが、これがほとんど無い雄や、逆に僅かながら赤い部分の有る雌も居るとの事だった。雛が見られる時季は限られているし小さいから観察するのは難しい。幸い分かり易い所に出て来てくれた瞬間を撮影した。この雛の親鳥と思われる雌は掲載写真の雌とは別に居たから、この写真の雌と雛は親子ではない。人間に対する警戒心は強くない様だったが、雄は臆病なのかハイマツ林の中からなかなか出て来なかった。
こうなると後は雪山で純白の冬羽を撮影したくなる。人間の欲望には際限が無いのだろうか。余談だが、山上で空になったペットボトルのキャップを閉めて下山すると気圧の違いにより柔らかいペットボトルは凹む。この様な高山に棲むライチョウから見れば下界の人間など深海魚みたいなものだろうと言えば深海魚に怒られるだろうか。

初歩のバードウォッチング:生息環境参照
分類:キジ目 ライチョウ科
全長:36.0cm
翼開長:59.0cm
分布:日本アルプスなど局地的に留鳥。
生息環境:高山帯のハイマツ林など。
食性:種子、芽、昆虫など。
レッドリスト
絶滅危惧ⅠB類(EN)
指定:
特別天然記念物
フォトギャラリー:初登場
撮影難易度:★★★★☆
ライチョウ(上=雌、中=雄、下=雛)
Rock Ptarmigan
Lagopus muta
撮影日:2013年8月14日
撮影時間:08時20分36秒
シャッタースピード:1/250秒
絞り値:F16
撮影モード:マニュアル
焦点距離:1000mm(換算1500mm)
ISO感度:400
撮影地:富山県
使用カメラ:NIKON D5100
使用レンズ:Nikon Reflex-NIKKOR・C 1:8 f=500mm
:Nikon Teleconverter TC-201 2×
撮影日:2013年8月14日
撮影時間:11時44分04秒
シャッタースピード:1/250秒
絞り値:F16
撮影モード:マニュアル
焦点距離:1000mm(換算1500mm)
ISO感度:400
撮影地:富山県
使用カメラ:NIKON D5100
使用レンズ:Nikon Reflex-NIKKOR・C 1:8 f=500mm
:Nikon Teleconverter TC-201 2×
撮影日:2013年8月14日
撮影時間:11時51分52秒
シャッタースピード:1/160秒
絞り値:F16
撮影モード:マニュアル
焦点距離:1000mm(換算1500mm)
ISO感度:400
撮影地:富山県
使用カメラ:NIKON D5100
使用レンズ:Nikon Reflex-NIKKOR・C 1:8 f=500mm
:Nikon Teleconverter TC-201 2×
ライチョウ
第119回 2013年8月20日